学校給食と子どもたちへの食育を応援する

令和元年度中国貴州省教育視察報告書-2

所属 熊本市立長嶺中学校 栄養教諭  平野郁代
派遣期間 令和元年 12 月 8 日 日 1 3 日 (金)
派遣場所 中国貴州省

今回の研修は、20万食を提供する「世紀陽光管理会社」と 学校での子どもたちの 給食の時間の 様子を リアルタイムで見る ことが第一の目的だった。
まず、映像による 給食の時間の状況を見た。最初、子どもは丼に盛られたごはんを持って並び、食堂のカウンター越しにいる調理員から、 おかず3品と汁物を 一つの丼の中につぎ分けてもらっていた 。日本のように給食当番が配膳し、担任は給食指導をするという見慣れた光景ではなかった。子どもや先生が立って食べている映像があり、食事マナーについて学ばせる時間ではないようだった。

1 視察内容

(1)世紀陽光管理会社が提供する中学校の給食

次に寄宿舎の夕食の様子を参観 した 。この寄宿舎は遠距離等の通学困難な子どもたちのためのものであり、学校の敷地内に建てられている。食事は給食室で 調理されており、世紀陽光管理会社から 納品されたカット済み野菜を使って、会社から派遣された調理員が調理と配膳を行っている。 食事の様子を写真で紹介する。

子どもたちが学校で充実した教育を受けるためには、学校給食の存在は大きいと感じている。特に、2016年の熊本地震における学校再開の判断基準として、給食の実施は大きな条件だった。今回、初めて見る日本以外の学校給食の食事風景に、日本との大きな違いがあることを知った。国により食文化が異なるため、一律にはできないとは思うが、日本のような学校教育と食育の要素を兼ね備えた学校給食について、普及させていくことは重要だと思った。

(2)世紀陽光管理会社が運営する学校給食センター

会社玄関「熱烈歓迎 田中先生」の文字

本会社は4 つの給食センターを管理運営している。朝、昼、夕の約2万食の学校給食提供に加えて、単独調理方式の学校に、洗浄・切裁済み野菜を納品している。本会社の学校給食業務は、親が作った料理を自分の子どもに食べさせたいという想いから始まっている。農村部では収入を得るため、多くの親は出稼ぎに出て、子どもと過ごす時間が少なく、当然親が作った料理を食べる機会も少ない。そこで、母親を給食調理員として雇用し、その給食を各学校に届ければ、親は仕事があり、子どもは母親が作った料理を食べることにな る。どちらの願いもかなえられる点に目をつけられたのは素晴らしいことだと思った 。ただ、まだ創業したばかりであるため、手探りな状況で行われている。そこで本会社としては、 田中先生を始め、日本の学校給食に携わっている専門家 に 実際の調理風景等を公開することは 、直接助言を受けられる絶好の機会だと捉えられていた。

実際の調理状況 と課題として挙げられる点を以下にまとめた。

《状況と課題》

~冷凍肉の処理~

冷凍された塊肉を大きな包丁で切っていた。右側の写真の手前には、切裁途中で包丁を置き去りにし、持ち場を離れている風景である。調理員のけがや破片の混入につながりかねない危険な行為である。また、肉が山積みにされているので、肉の温度管理にも不安が残る。

~残留農薬検査結果表の掲示~

全ての野菜について、残留農薬検査が行われ、検査に合格した食品が使用されていた。本会社は、安全性を最優先に考えており、食材についても子どもたちの学校給食用ということで、最善の配慮をされていた。

~野菜洗浄~

小ねぎは3回洗浄されていたが、隣で洗浄されていたもやしは1回だった。もやしの洗浄水は濁っており、十分な洗浄が行われていない可能性がある。また、ねぎは小ねぎでなく、青ねぎの方が十分に洗浄できるのではないかと思った。

 

冷凍品やカット済み野菜ではなく、近郊でとれた生の野菜を使用されていたのは素晴らしいと思った。大量の野菜を仕入れ、下処理を施さなければいけないので大変ではあるが、たくさんの人が働いておられて活気があった。今後は作業面を考慮した野菜の購入ができればいいのではないかと思った。

~切裁の様子~

左は、学校納品用のカット済大根の作業風景である。大根は裁断機に直接切り込まれていたため、刃こぼれが心配であった。右は、冬瓜の皮をむいている様子である。皮むきの方法を色々検討したが、結局写真のように、引きながらむく方法が一番作業がしやすかったとのことだった。

~手洗い場~

手洗い場の状況である。温水ではなく水で、石鹸も自動式ではなかった。手前に水が張ってあるのが消毒用の浸漬水である。こちらも氷のように冷たかった。写真にはないが、「長靴の次亜消毒槽」が手洗い場の近くにあった。手洗い消毒施設については改善が必要だと考える。

~調理・配食の様子~

夕食の調理の様子を参観した。釜の火の炎の大きさに驚いたが、よく考えると中華鍋でもこのような火加減で調理をするので、普通なのかもしれないと思った。作り方は、熱した釜に大量の油を入れ、見かけはレタスのような野菜を釜一杯入れて、カサが減るまで炒める。味付けは塩や香辛料等のシンプルなものであった。出来上がった料理は、汁ごとたらいに移され(移す時は床に直置きだった)、配膳室に運ばれた。配食後は、ラップをして、床に直置きされた保温ケースに入れられた。床はぬれており、二次汚染がとても心配で、改善が必要だ。

~実際の給食~

肉と野菜の煮物と野菜の炒めものが2品の お弁当式の給食だった。 主食、主菜、副菜がそろえてあったが、栄養士がいないので、栄養価の算出はなされていなかった。調味料の配合はどうされているのか心配だったが、味はおいしかった。ちなみにこの向きで置かれていたので、そのまま写真に撮っている。中国の食事マナーとしてはどうなのだろうか。

 

~残食状況~

ほとんどが、半量以上食べ残されて返却されていた。調理員さんたちも残念そうな表情だった。実際に食べている状況を見ていない し 、 小学生なのか中学生なのかもわからないが、作り手の顔が見えないということや、給食指導の有無などが 影響しているのではないかと思った。 しかし、 中には完食の弁当箱もあり、安心した半面、家で朝・夕の食事は食べられているのだろうかと心配になった。

~その他~

これは、容器の洗浄中に床の水切りをしている様子である。
今後は 長靴ではなくコックシューズを履いて、床に水を落とさないように作業をすることで効率化を図り、衛生面を考慮した調理作業の方法を検討するべきだと感じた。

次に、寄宿舎の食事を作っていた給食室の状況は以下の通りであった。

~状況と課題~

調理器具は、この釜が一基のみであった。おかずは3品、喫食時間まで1時間以上あったが、このまま放置されていた。
食べる時間を考慮して調理した方がいいと思われる 。

 

2考察

(1)農村部の学校給食
視察前に、 海外の学校給食事情について発表されている論文を読む機会があり、 その中で感じたことは、日本のように学校給食法のもとで、 「 学校教育 」 として60年以上も行われている国は珍しいという事だった。学校給食として実施されている国の多くは、「昼食」としての認識であり、「好きなものを選んで食べる」ビュッフェスタイルが主流である。中国では各自治省ごとに学校給食制度が異なり、 また都市部から整備されてきたため、農村部との格差がある。 なお 今回視察した貴州省では、 1 食4元の政府の補助金によって、学校給食が実施できるようになったということだった。

(2)食・栄養
1日目に聞いた中国疾病予防管理センターの張先生の講話から、中国の子どもの栄養状況についてまとめた。

① 課題
中国の子どもの栄養状況の課題として、「やせ」、「微量栄養素不足」、「肥満」が挙げられた。このように同じ地球上・国に、栄養過剰が懸念されている人と栄養不良が心配される人の両方が存在することを「栄養障害の二重負荷」と表現されている。前述したように都市部と農村部には経済格差があるため、単純に考えると農村部にやせが多くなりそうだが、やせと肥満については、都市部、農村部に限らず両方が存在するという。食品選択の観点から、両者それぞれに課題が生じていると考えられる。運動については、ほとんどの子どもに運動習慣はなく、特に勉強が優先である都市部においては顕著である。日本においても同様の課題があり、世界的に共通した栄養課題であることを認識した。

②法令等の整備
・「健康中国2030」(2016年制定)→ 日本の食育基本法のようなもの
・「国民栄養計画(2017~2030年)」(2017年)
子どもへの健康教育の重要性が謳われている。日本に倣ったもの。
・「学校給食指導手引」→ 献立、栄養素の基準等細かい基準が定められたもの
中国において、子どもの健康と栄養については重点取組事項であるため、国は法令等の整備を進めてきた。ただ学校給食については、法律ではなく、法令、通知であり、拘束力はない。しかし導入が遅れていた農村部において、中央政府から、2011年は一人当たり3元、2014年から4元 の補助のもとに、学校給食が開始さ れることになった。年間200食の800元は全て子どもの学校給食に使うよう指示されている。期間は小中学生の9年間である。中央政府も地方政府も学校給食の実施・充実に力を入れている ことを知り、これからの進展に期待している 。

③ 学校給食の成果と今後の課題
成果として、子どもの栄養状況は大きく改善されたことが挙げられる。身長が高くなり、特に農村部の子どもの 貧血は改善された。また、都市部の肥満児に対する運動指導や、食育を行う環境整備のための 啓発活動も行っている。ただ、依然として栄養不良者は存在しており、地域・民族による食習慣の違いから生じる栄養のアンバランスについて指導ができる栄養の管理者(栄養士)という人材が不足しているのが課題である。

3 中国の概要

(1)教育
2019年末、経済協力開発機構 OECD の学習到達度調査 PISA の結果では、 中国の15歳の子どもの学力は 、「読解力」「数学的応用力 」「科学的応用力」の3分野において世界一だと報道された。しかし これは 、 テストに参加するエリアが都市部に限られており、中国全土を反映したものではない。 農村部の子どもの実態は不明なため、今後も教育格差が広がっていくことが 予想される。このことに拍車をかけるのが中国の戸籍制度だ。 それは、農村戸籍と都市戸籍というものが存在し 、農村部から都市部へ自由に居住地を移すことができないというだけで なく、農村戸籍の人が経済格差等の不利益を被る場合が多いということだ。この制度は、1950 年代後半に、都市住民の食糧供給を安定させ、社会保障を充実させるために導入された。しかしながらこのことにより、教育格差が生まれ、経済水準格差につながっている現状がある。この制度を撤廃する計画があるのだが、長年に渡り人々の心の中に染み付いた「差別心」はなかなか抜けないのではないかと危惧されている。

(2)政治・経済

貴州省の西南市を訪れた際、現地の方が「ここは田舎だから」と言われるのをよく耳にした。私が想像する田舎は、高層ビルはなく、山に囲まれ、田畑とその周りに家がポツポツとあり、道路は対向車とすれ違うことができないぐらい狭いというものである。しかしながら現地 は、片側3車線の広い道路があり、高層アパートが何棟も建設中で 、日本よりもはるかに都会だと思った。ただ、道路や建築物については、中央 政府が直接 管理しており 、政府の方針に従って建設されているということであった。住む人の見込みがつかないまま建設されているアパートも多いことを知り、日本との違いを感じた。
また平等を謳う社会主義でありながら、教育、経済水準等、数々の格差が生まれているのも事実である。特に医療については、日本のように医療保険制度が発達していないため、名医は医療費が高い上に予約が殺到し、治療を受けられない国民もいる。また、都市部、地方に限らず、富裕層と貧困層が存在するということであった。外から見ていると、中国の 主要都市ばかりに目が行き、 国民全体が裕福で不自由ない生活をしているのかと思っていたが、実際に足を踏み入れて 初めてわかることが多かった。

(3)環境
本視察は中国の農村部の訪問であり、 中国の広大さに圧倒された。車窓から見える「万峰林」と呼ばれる、らくだのこぶが並んだような山は、日本では見ない風景で印象的だった。 ホームページを見ると、 貴州省は自然豊かなところで、滝や湖など観光名所が多くが多く紹介されている。
道路一面に砂が広がっているのはなぜかと思っていたら、砂漠の砂砂漠の砂(黄砂)だということで、再び中国の広大さを感じた。上海では、道路を掃除する特殊な車が走っていて、常に黄砂を除去していた。

(4)歴史
貴州省にはミャオ族、トン族等の多くの少数民族が存在する。宿泊した興義市では、夕食に「犬料理」を食べた。犬を食べる文化は中国南部に残っているという。すでに柔らかく煮込んだ火鍋として調理されていたため、抵抗なく食べることができた。現地でしか食べられない食材を口にすることができ 、 訪問してみなければわからない食文化 を 感じ取ることができたように思う。

4 今回の視察を通して、得たものや考えが変わった点、今後に生かしたい点

これまで、中国という国に対してマイナスなイメージを持っていたのは事実である。それは、中国の「食の安全性」という自分の仕事にも普段の生活にも欠かすことのできないことに対して、不安要素が多かったからだ。 2008 年に発覚した毒入り餃子事件はとてもショッキングで、中国製の食品全てに不信感を持った。しかし、中国に限らずアジア諸国で活動されている田中先生から、中国の学校給食内に使用しているものは厳しい検査がおこなわれており、安全性は担保されているということを聞いた。また対応してくださった会社の方の想いは熱く、既製品ではなく 、生の野菜から安全な給食を作るために 、 学ぼうとする姿勢が素晴らしいと思った 。 今後、高水準の学校給食が普及していくだろうと期待の気持ちが高まった。
一部の人の悪い行動や事件ばかりクローズアップされがちだが、現地を訪れて同じ空気を吸いながら見聞きすることで、正しい情報を得ることができた。観光ではなく、「生活」を視察させてもらったことが一番の自分の糧になったと思う。
その上で、学校給食法という法律のもとに行われている日本の学校給食は、世界の中でもとても恵まれた環境で行われていることを改めて感じた。そして、 学校給食は生涯に渡って健康な食生活を送るために必要な要素がたくさん入っていることを、もっと児童生徒や保護者に伝えていかなければならないと強く思った。そのためにも、さらにグローバルな視点での知識の習得に努めていこうと思った。

本視察において、給食の残食が多かったことにはとても驚いたのだが、 どんな理由があるのかわからなかった。食文化の違いによるものなのか、好き嫌いによるものなのか、再度調べてみると、児童生徒への指導の仕方も変わるだろうし、これまでと違った視点で学校給食を見ることができるのではないかと思った。

5 今後、派遣される方々へのアドバイスや事務局への提言

視察前から、様々なことに対してご配慮いただきありがとうございました。今後も多くの栄養教諭が視察研修に参加できることを願っています。自分も含めて栄養教諭は視野が狭くなりがちなので、いかにグローバルな視点で学校給食を見ることが大切なのか、しっかり認識して参加することが大切だと思います。