報告者:髙井 愛莉
出張先:タイ王国
日時: 2023年5月22日(月)~5月24日(木)
目的: タイ王国における学校給食の現状及び日本の食育の普及
月 日 |
時 間 |
訪問先 |
備 考 |
5月22日 | 10時~ | ワットモーリーローカヤーラム | 視察 |
11時~ | タウィータピセク小学校 | 視察 | |
5月23日 | 8時~ | ワットアルン | 食育セミナー |
5月24日 | 10時~ | ファーサイ幼稚園 | 視察 |
12時~ | バンフェン国民学校 | 視察 |
①ワットモーリーローカヤーラム
給食実施:有
食数:約500食
給食費:寄付(1日約3万バーツ)
献立作成:調理員
調理従事者数:10人(外部委託)
現状
・12歳から入学し、寄宿舎で生活を送っている
・朝の托鉢で得た食材と寄付でその日の食事が成り立っている
・朝~昼まで固形物の食事を摂り、午後は1時半と5時半の2回水分の摂取が可能
・時間になったら子供達が食事を受け取る容器を持参して食堂に集まり、食事を受け取って自室で食べる
・国立病院の栄養士から栄養、衛生について指導を受けた調理員が栄養素を確認しながら献立を作成し、調理を行なっている
・残菜となったものは近隣住民に寄付している
課題
・托鉢や寄付でいただいたものをありがたくいただくという仏教の教えにより、食品の選択が限られることから栄養バランスの調整が難しい
・偏食指導など食育指導を実施していないため、子供達の野菜など偏食がある
所見
栄養管理や衛生管理に関して、専門機関の栄養士としっかり連携を取れていると感じました。特に衛生に関しては、分かりやすく要点をまとめた表示もされており、担当者にもしっかりと意識付けがされるように工夫されていました。
しかし、通常の教育機関と異なり仏教の教えを尊重するという部分が、より良い栄養管理、食育を実施することを難しくしているのかもしれないと感じました。成長期の子供達が多く集まるため、仏教の教えを大切に尊重していく中で、更に栄養管理、食育を両立していく方法を考案していけると、子供達にとってより良い学校給食運営ができるのではないかと考えます。例えば、仏教での「いただいたものをありがたくいただく」という教えの部分は、日本の食に関する指導の手引きに記載されている6つの食育の視点「感謝の心」に当てはまり、その部分を活用して偏食指導をするなどの手立てが考えられます。仏教の教えと食育の視点を上手く融合させることを模索していくとより良い学校給食の運営に繋がると考えられます。
②タウィータピセク小学校
給食実施:有
食数:約500食
給食費:政府負担(給食:1人21バーツ 朝用ミルク:8バーツ)
献立作成:担当教員または調理員
調理従事者数:3人
現状
・11時半から12時半までの1時間が給食時間と昼休み時間として確保している
・朝8時半に提供する牛乳も政府から寄付されている
・献立は1週間ごとに作成している
・週に2回果物が提供されている
・校内・郊外に売店があり、子供達が自由に嗜好品を購入できる環境になっている
・調理員が調理し、教育実習生が食缶に配缶している
課題
・売店があるため、子供達が給食を食べずに売店のジュースやお菓子を食べることが当たり前となっている
・売店販売を教員も行なっており、食育という部分はあまり浸透していない
・食数に対して調理員の人数や調理環境が整っていない
所見
日本と異なり、学校給食に教育としての役割がないため、全体的に食育への意識が低くなってしまう傾向にあるように思います。学校給食が担う役割が異なるという点から、提供している給食の献立内容や学校給食の実施環境にも課題が生じてしまうと考えられます。
調理環境はあまり整った環境ではなく、食数に対して調理場設備は簡易的なもので、設備が不足している様に感じました。また、調理従事者数も少ないことから、提供できる給食の献立には限界が生じてしまいます。衛生環境も整っていないため、環境を改善することが必要であると感じました。
献立作成に関しても担当者がいるわけではなく、調理員が決めているため、献立内容や栄養価に偏りが生じてしまいます。
また、学校内外に売店があり、子供達が給食を食べず嗜好品を購入して食べるという環境が当たり前となってしまっている状況も改善する必要があるのではないかと思います。それに伴い、教職員の意識改善も必要であるように思います。
例えば、調理場の衛生環境、設備などを整えることなどで調理場の環境を改善すること、校内外の売店に勤務する人々を調理員として雇用することで調理員の増員をすることで、提供できる献立に幅が広がります。献立の幅がひろがることで、栄養価も維持することができ、学校給食の向上と食育の意識に繋がると思います。
③食育セミナー
食育セミナーでは日本の学校給食、学校給食施設、衛生管理について紹介し、意見交換を行ないました。
日本の学校給食についてでは、学校給食の始まりを仏教と僧侶を日本とタイの仏教の繋がりを用いて説明することでタイの方々にも親近感を抱いて頂きながら、現在の日本の学校給食の教育としての役割も紹介しました。その後、日本の小学校で実際に行なっている3色食品群を使った食育指導をセミナー参加者の参加型で実施しました。日本でどのように給食を食育の生きた教材として使っているのか、給食を教育の一環、食育として行なっているのか実際に体験して頂くことで、日本の学校給食と食育のイメージを掴んでいただけたのではないかと思います。
学校給食施設、衛生管理についてでは、日本の先進的な学校給食運営を紹介しました。学校給食施設の面では単独調理場、共同調理場の2種類の方法を紹介し、その自治体の実態に見合った方法で学校給食を運営していることを提示する事で、学校給食を運営するためには様々な方法、選択肢があるということを紹介しました。また、衛生面では、日本での衛生に関する考え方を、身近な手洗いを通して紹介しました。
意見交換では日本の学校給食、食育について興味を持って頂き、前向きな意見をはじめ様々な意見を頂いたことで、私たち自身も改めて日本の学校給食と向き合う時間を頂けた様に感じました。また、幅広い分野の方々が参加しており、今回のセミナー実施が実際にタイで学校給食と食育を推進していくための取っ掛かりとなれるのではないかと感じることができました。
④ファーサイ幼稚園
給食実施:有
食数:約70~80食
学費:5万2千バーツ(年間)
献立作成:担当教員
調理従事者数:4人
現状
・民間運営のインターナショナル幼稚園で、所得層が高めの家庭の子供が通っている
・3歳~6歳までの子供を3学年に分け幼稚園教育を行い、1歳半からの子供を保育受け入れもしている
・園庭を使い子供達に栽培体験をさせている
・献立は1ヶ月ごとに作成し、様々な料理を取り入れるようにしている
・献立には毎日異なる野菜、果物を取り入れるようにしている
・野菜も食べるように指導をしている
・美味しそうに盛り付けることで、子供達の食欲がそそられるように工夫している
・子供達が満腹になるようにおかわりができるようにしている
・調理員が衛生に関する講習を受けている
・調理員を衛生に関する調理員、一般的な作業を行う調理員の2つの担当者に分け、それぞれの担当者が必ずペアになる様に工夫している
・政府からミルクの寄付がある
・幼稚園の子供と保育園の子供で使用する食器を分けている
・保育期間の2歳半の子供は来年の幼稚園教育に向けたトレーニングを行いながら食事をさせる
課題
・献立作成時の栄養管理に関する部分の基準がない
所見
幼稚園としての方針がしっかりと定められており、栽培体験や日々の給食時間を通して、食育に関する指導もしっかりと行なわれていました。教職員が園の方針をしっかりと理解しているため、給食時間の指導が充実していました。特に学年によって食器を使い分ける工夫や盛り付けの意識の部分では、食育の指導の重要性を感じ、日本でも取り入れたいと思いました。
給食室内も衛生的に保たれており、調理員に対する指導も丁寧に実施されていました。 栄養管理に関しては、他の教育機関同様に外部に献立指導の委託をするなどの取り組みがあると、更により良い給食運営ができるのではないかと思いました。
課題
・献立作成時の栄養管理に関する部分の基準がない
所見
幼稚園としての方針がしっかりと定められており、栽培体験や日々の給食時間を通して、食育に関する指導もしっかりと行なわれていました。教職員が園の方針をしっかりと理解しているため、給食時間の指導が充実していました。特に学年によって食器を使い分ける工夫や盛り付けの意識の部分では、食育の指導の重要性を感じ、日本でも取り入れたいと思いました。
給食室内も衛生的に保たれており、調理員に対する指導も丁寧に実施されていました。 栄養管理に関しては、他の教育機関同様に外部に献立指導の委託をするなどの取り組みがあると、更により良い給食運営ができるのではないかと思いました。
⑤バンンフェン国民学校
給食実施:有
給食費:政府・自治体負担(朝:バンコク15バーツ 給食:政府・バンコク25バーツ)
献立作成:担当教員
調理従事者数:10人(調理員:2人 アシスタント:8人)
現状
・子供達が管理している学校農園で給食に使用する栽培などを行なっている
・政府による減塩プロジェクトを実施している
・肥満児童に対する運動プログラムを実施している
・親子で一緒に好きな料理をつくるプロジェクトを実施している
・バンコクの政策のひとつとして子供達の健康のために週に3回サラダを提供するプロジェクトを実施している
・食品表示を見て摂取量を考える食育を行なっている
・献立はバンコク全体で使用している栄養計算プログラムを用いて担当教員が話し合い、2か月ごとに作成している
・バンコクの栄養士が月に1回程度調査に来て献立指導を行なっている
・朝食は391kcal(ミルク+1品)・給食は490kcal(主食+おかず2品+果物またはデザート)が基準値
・子供達に給食についてアンケートを実施している
・調理員は年に1回学期はじめにバンコクの保健所から衛生についての講習を受けている
・調理員は健康診断を受け、証明書の提出も行なっている
・環境衛生だけではなく、爪や髪の毛、ユニホームなど個人衛生にも力を入れている
・野菜と肉や魚などの汚染食品の保管を分けている
・洗浄・カット・盛り付けなど担当を分けており、各担当部署に担当者の氏名と顔写真を掲示している
・完成した調理品は蓋をして床から50cm以上の高さの場所で保管している
・洗浄・清掃は床から60cm以上の高さまで実施している
・ごみは蓋付きの容器で保管している
・バンコク都内437箇所の学校が同じシステムで給食を実施している
・校内に売店があり、子供達が自由に嗜好品を購入できる環境になっている
課題
・売店があるため、子供達が給食を食べずに売店のジュースやお菓子を食べることが当たり前となっている
・調理場内は清潔に保たれているが、洗浄エリアはウェットシステムで水浸しになっていた
所見
視察した4箇所の中では、日本の学校給食に一番近い運営方法であるように感じました。
朝食、昼食の栄養価計算もしっかりと行なわれており、子供達が目にした時に分かりやすいように表示する工夫がされていたり、子供達に給食に関するアンケートを実施することで子供達の食に関する意識の傾向や実態を把握できるようになっていました。また、週に3回のサラダ提供の実施や運動プログラムのように、減塩や健康などの食育についてもしっかりと取り組んでいました。特に学校菜園を子供達に管理させることで、食べ物に対する親しみや感謝などの心を育むなどの食育が実施されている点は、子供達にとってとても意義のある活動で、日本では難しい部分を実施している事や、子供達の責任感や意識の高さにとても感動しました。また、子供達だけでなく、家族や地域を巻き込んだ健康教育が、学校という公的機関が中心となって行われていました。このように、様々な食育に取り組んでいるからこそ、学校内に売店があることが少し勿体ないように感じられました。
給食室内の衛生管理に関してはしっかりと汚染、非汚染が分けられていたり、衛生基準が示されていたり、給食室内での担当毎に名前と写真が表示がされていたり、環境衛生だけではなく個人衛生に関しても意識付けがされており、非常に高い衛生管理レベルで学校給食が実施されていました。
総合所見
食育セミナーでは、日本の学校給食と食育の相互の繋がり、多様性のある学校給食施設、高度な衛生管理について紹介をし、様々な意見交換をすることができました。日本の学校給食と食育に興味を持って頂くだけでなく、給食と食育の必要性を感じて頂くことができたのではないかと思います。また、私たち自身も日本の学校給食と食育の重要性を改めて考えることができたと思います。
今回の視察で、タイにおいて学校給食と食育を推進していくためには、現在抱える課題への柔軟な解決策を探っていくことが現在の学校給食の改善と更なる向上の第一歩となるように感じました。
タイでの給食運営は基本的に政府負担や寄付などで成り立っているため、教育の面よりも福祉の面が強くあります。そのため栄養管理、衛生管理共に教育機関での実施状態が異なっているため、日本の統一された給食運営とも異なっています。そのため、更に改善、向上ができる面も多くあると思います。しかしながら、政府負担と寄付のみで学校給食の運営がされているという点から考えると、子供達のために政府が全面負担をし、教育機関に働きかけて運営している部分は、日本の学校給食運営では見習わなければならないと感じました。
栄養管理に関して、どの教育機関の給食施設にも栄養士が在中していないため、どの教育機関でも同じレベルでの適切な栄養管理の実施が難しいと感じました。日本と同様に栄養士を教育機関毎に配置できることが望ましいですが、それ以外の方法でも、どの教育機関でも同じレベルで安定的に、栄養管理、食育を行える環境を整えることができれば良いのではないかと考えます。例えば、病院の栄養士と連携している教育機関がありましたが、この方法を活用すれば、どの教育機関でも同じレベルで安定的に栄養管理、食育を行える環境を整えることができると考えられます。また、校内外に設置されている売店は、売店で働く人々の生活も考える必要があるため、一概に全てを撤去することは難しいと思います。その人々の働き口を準備するなど、生活の保障ができなければ、改善することは難しいと思います。例えば販売品を嗜好品ではなく、バンコク政府の政策のひとつのようにサラダの販売を行う、または学用品の販売に変更する、売店で働く人々を調理員として雇用するなどの案が考えられます。売店という文化は、ローカル市場や街中でも多く見かけるように、タイの重要な文化のひとつであるため、その文化を大切に継承していくためにも、食育をはじめ教育と共存していく方法を模索していくことが重要だと考えます。
衛生管理に関して、日本と同じように基準を設けて環境衛生や個人衛生に配慮して実施していました。しかし、ほとんどの教育機関が独自の衛生管理基準で実施していたため、国としての基準があると、どの給食施設でも同じレベルでよりよい衛生管理の実施に繋がると思います。しかし、ローカル市場のようなタイの特色ある文化を守っていくことも大事であるため、学校給食のみ適用する衛生基準を制定するなど、柔軟な対応ができると良いのではないかと思います。既に、衛生管理を導入している教育機関の衛生基準を活用することも手立てのひとつになるのではないかと思います。
食育に関して、学校給食が教育として実施されている日本と異なり、福祉としての面が多くを占めているため、まだまだ食育という教育の認知度が低いのかもしれません。しかしながらバンコクの都立学校では、子供達が育てた野菜を使用して学校給食を運営していることや、健康教育プログラムを子供達だけではなく家族や地域に向けても実施していることなど、食育や健康教育に関しての意識はとても高く、自治体が主となり食育、健康教育の政策を実施しています。このように、教育省や自治体などの公的機関が率先して食育を教育の一環として導入することで、国民全体の食や食から来る健康に関する意識を高めていくことができると思います。特にバンコク都立学校での食育、健康教育で実施されている活動は、昨今の日本の学校教育では課題となっている部分です。バンコク都立学校の食育、健康教育の活動は、日本でも学校から子供達を通して、家庭、更には地域を巻き込んだ食育、健康教育の実現に繋がるのではないかと感じました。また、タイだけでなく日本でも同様の課題となっている部分ですが、教職員に食育の重要性の理解を深めることが大切であると思います。義務教育学校をはじめ、幼稚園など全ての教育機関の教職員を養成する教育機関でも食育を教科として、教育として実施していくことが必要です。子供達に教育を行う教職員自身が、しっかりと食育の重要性を理解しているということが、食育を推進していく上では、欠かせません。日本でもより良い食育、健康教育を行っていく上で、早急に解決しなければならない課題です。
上記を踏まえて、現在のタイの学校給食、食育を、より良いかたちで実施するためには、国や自治体として学校給食の法案の成立など、システムを構築することが必要だと思います。同時に、様々な特色を持った教育機関が存在するため、一律に同様の給食運営を行うことは難しいため、教育機関によって柔軟に対応できる法律やシステムの構築が必要であると思います。
今回の視察では、タイでの学校給食の現場を実際に見学させていただいたり、共に意見交換をさせていただくことができ、とても貴重な時間を頂きました。実際に自分自身が体験することでしか見えてこないことや、知ることができないことなど様々なことを学ばせて頂きました。また、視察していく中で、改めて日本の学校給食、食育と向き合う時間もいただき、現在の日本の学校給食と食育の課題と、それを解決していくため、今後の日本の学校給食と食育を向上させていくためのヒントも得ることができたと思います。
今回は、私たちがタイで様々な体験をさせて頂きました。今度はタイの方々に日本で、実際に日本の学校給食や食育の場を見て頂く機会を設けることで、タイでの学校給食と食育推進がより明確になるのではないかと思います。特に、タイの学校の運営の特徴として、小中高と一環教育を実施している教育機関や施設が多くありました。日本でも同様に小中一貫教育を実施している教育機関もあります。その教育機関での栄養管理をはじめとした学校給食運営方法は、タイでの学校給食運営にも繋がる部分だと思います。今回繋がりを得ることができたタイの方々と、これからも連携を取り続けることができれば、日本の学校給食の向上にとっても、とても重要な繋がりになると思います。今後も、その様な機会があれば、是非参加させていただき、尽力したいと思いました。
今回のタイでの経験と活動を通して得たものを、食育の生きた教材として活用して、日本の子供達に伝えていき、日本の学校給食と食育の更なる発展に繋げていきたいと思います。
今回、タイでの食育セミナー実施にご尽力頂いた関係者の皆様、視察にあたり快く受け入れて頂いたタイの関係者の皆様、貴重な機会を提供して頂いたNPOの関係者の皆様に、深く感謝申し上げます。また、終始温かいご助言を頂いた田中延子先生にも厚く御礼申し上げます。